昼食後もしばらくは渓流に沿って走ります。


 標高670m付近で橋を渡り渓流から離れ峠を目指して上って行きます。峰越林道の典型的なパターンです。谷の向こうにキラキラと輝く太平洋が見えたのですが流石に写真では分からないですね。


 峠はもうすぐそこ。まだ午後2時を回ったばかりですがこの時期はすでに陽射しは西に傾いています。後半は行き止まりの古い林道を近年尾根の向こうの道と繋げた感じの急勾配の道。そして最後は尾根に出てススキの輝く中を抜けて峠に到着しました。


 峠は北川村と室戸市の境になっていて標高は946m。野根山街道と交差しています。

『野根山街道は奈良時代養老年間に整備された官道で、奈良と土佐国府を結ぶ街道「南海道」の一部である。高知県安芸郡奈半利町と東洋町野根を尾根伝いに結ぶ行程約 36 km、高低差約 1,000 m の街道古くは『土佐日記』の著者紀貫之の入国の道として、また、藩政時代には参勤交代の通行路として使用された。現在は「四国のみち」環境省ルートとして整備されている。』wikipediaより。

 『野根山街道は、奈半利町から野根山連山を尾根伝いに東洋町野根に至る延長35km余り。
 この間、道の両側に、そのままの姿で残された一里塚~五里塚や、旅人が一夜をしのいだという宿屋杉、参勤交代の昔をしのぶ朝休み場、お茶屋場や装束峠の敷石、岩佐の関所跡、屋敷跡の石垣や墓地等、かずかずの史跡や、土御門上皇が名付けられたという岩佐の清水、旧藩林や天然林等自然に富んだ街道で、今も尚、当時の面影をそのままに留めた全国的にも珍しい自然遊歩道である。』高知県庁ホームページより


 このまま下れば須川林道に合流するのですがせっかくならばと少し野根山街道を走って見る事にしました。


 走り出してすぐに現れたのがこの街道の象徴的な存在である宿屋杉です。昭和9年の室戸台風で倒壊したそうですが昔は旅人がこの木の根のうろで一夜を過ごしたことからこの名前が付いたそうです。
 私自身ここを訪れたのは2009年の大晦日以来です。あの時は寒かった・・・。


 大きな霜柱がそこかしこにありました。


 野根山街道は稜線に沿って続いています。乗れるところは快適。案外上りもあり押し上げる場面も出てきます。


 後半はかなり急な下り。石段もあります。迷うようなところはありませんが折れた枝や大きな石が散乱し私の技術では到底乗ることは出来ずかなりの割合を押して下りました。旅という観点からすると楽しい道です。
 同行のOKさんはテクニック+セミファットバイクの太いタイヤでほぼ全乗りだったそうです!


 標高507mの地点で須川林道と交わります。ここで選択を迫られます。時刻は午後4時、日暮れまであと1時間。このまま野根山街道を下って米ヶ岡へ下るか林道を下るか、それとも。。。
 長い押しの下りで少し膝が痛くなっていたので林道走行を選択しました。やや遠回りなのですが未走の林道である池の川原林道へ。これは私の我がままです。実は野根山街道で米ヶ岡へ下る道は学生の頃走っているので知らない道を走るのを優先させてもらいました。
 池の川原林道までは須川林道を約1.5キロの上り返します。日暮れが迫っていることもありこの1.5キロはとても長く感じました。
 分岐を左へここからは下りです。西日の柔らかな光線に照らされながらの軽快な下り。路面は良好でMTBでは物足りないくらいでした。もし次回があればじっくり上ってみたい道です。


 野川川を渡り野川林道へ合流。これも沈下橋と呼んでいいのかな?ここからもさらに下りは続きます。


 枯野を往く。。ここからしばらく走ると舗装路になり緩い下りをひたすらフロントシングルのアウタートップを回して駆け抜けました。奈半利川の分岐まで7キロほどでしたが長かったー。なんとか日が暮れる前にデポ地&キャンプ地の公園に辿り着くことが出来ました。


 夕食の買い出し後公園の目の前にあるたのたの温泉へ。岡山を出て4泊目にして初のお風呂でした。

改めて走ったルートはこちらです。


その9へつづく